全国ネットの地上波生放送で放送事故を起こした話

テレビは野球以外めっきり観なくなったコガ(@Koga2689)です。

僕は過去に声のお仕事をしていました。

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【憧れの職業】声優になるために養成所は行くべきか?その費用は?【現実見ろ】

今回はその時に僕が起こしたある「事故」についてお話ししたいと思います。

テレビ業界の話というよりかは、一人の人間の失敗談ですので、テレビの裏側に興味がある人もない人も、楽しめる内容となっています。

それでは、どうぞ。

ボイスオーバーとはそもそもなんなのか

僕が事故を起こしたのは、今も放送されているゴールデンタイムの情報番組だ。

その番組にはナレーターとしてではなく、ボイスオーバーという仕事で呼ばれた。

ボイスオーバーがどんな仕事か簡単に説明すると、外国人のインタビューや再現VTRで映画の吹き替えっぽいことをやる仕事だ。(厳密には違うけど)

この仕事は割と若手が多く起用されるので、演技の未熟さ故に、大袈裟であったり、鬱陶しい感じなったりするし、場合によってはADさんがやったりもする。棒読みで無感情なのたまにあるよね?皆さんも一度や二度はイラッとしたことがあると思う。

そう、ボイスオーバーとは、あの仕事のことです。

話戻って、その情報番組の時はオンエアの3時間前に某テレビ局のスタジオに入る。

さあ、すぐに収録だ。

とはならない。

編集マンがまだ編集をしていたり、ミキサーさんがVTRをチェックしたりしているので、僕らはその間に用意された弁当を食べたり、原稿をチェックしたりして、収録に呼ばれるのをひたすら待つ。

諸々スタッフさんの作業やナレーターさんの収録が終わると、僕らが呼ばれる。

通常は番組オンエアの30分前くらいから僕らの収録が始まって、そのVTRがオンエアされるまでには収録を終える。(当たり前か)

そうなんです。VTRって結構ギリギリまで作ってるんですよ。

VTRは直近に起きたニュース等を事前に撮影、編集して、その後に音声を収録し、さらにはミックスしてマスタリングして、ようやく完パケ。

生放送中の予定時刻までに仕上げて納品しなくてはいけないので、時間との戦いだ。

僕たちのリテイクなんてしていられない。出来るだけ一発で済ませる。そのために僕たちプロが呼ばれる。

普段からオンエアに、間に合うか、間に合わないか、ハラハラするのだけど、その日は予想外のことが起きた。

今思い出すだけでも発狂しそうになる。

まさかは起きる。初めての生ボイスオーバー

その日の収録は通常よりも少し遅れていた。

映像が届くのが遅かったのか、何か映像の直しがあったのか、ナレーション収録で手こずったのか、それはわからない。

待つしか出来ない僕らはひたすらその時を待った。

僕らボイスオーバーが呼ばれたのは、オンエアの5分前くらいだった。

問題のVTRは3つのパートで構成されていて、僕らはパート1を難なく収録し、すぐにパート2の収録に移った。

すでに放送は始まっており、モニターには司会者やコメンテータ―がトークで盛り上がる様子が映っていた。

番組がオンエアになってもVTRがまだ完成してないことは、よくあることだ。

僕も今までにも何度も経験している。

どんなに遅れても、最終的には滑り込みセーフでオンエアに間に合う。

僕らの収録は順調そのものだった。むしろ僕らは順調過ぎるくらいだった。

けど、その日のスタッフさん達はどうも全体的に忙しなく、慌てている様子だった。

突如、心配になった。

もしかして、生になるのか?

パート2の収録を終えたその時、嫌な予感は的中する。

ADさんが収録ブースに入って来るなり

「すみません!ここからは生になりまーす!移動してくださーい!」

と言った。

マジか。いつかはこういう日が来ると思っていたけど本当に来るとはな。

どういうことかと言うと、もう、どうやってもVTRがオンエア時刻までに完成しないので、生放送中に映像に合わせてボイスオーバーやってくださーい。

ってことです。

頻繁に起きることではないけど、稀に起きるんです。

いやぁ、まいったw

何がまいったって。僕、生でボイスオーバーするのはこの時が初めてだったんです。

フッ、想定はしていたさ。先輩から話だけは聞いていたからね。

なぁに、パート3だけなら大丈夫さ、きっと、なんとかなるさ。

そう自分に言い聞かせて、冷静さを装いながらも、やはり浮足立って、生放送用のアナウンスブースに向かった。

生放送用のアナウンスブース。それは地獄の入り口

現場は混乱していた。

長い廊下をADさんが電話しながら駆けてゆく。

僕が階を上がってサブコン(副調整室)に着くと、女性のADさんが右往左往しながらしきりに電話で誰かの指示を仰いでいた。間違いがないように何度も確認をしている。

そんなドタバタを尻目に見ながら生放送用アナウンスブースに入ろうとすると、

女性ADさん
「え!?パート3だけじゃなくて、パート2も生ですか!?はい、伝えます!」

マジかー。さっき録り終えたのにウソだろ。勘弁してくれ。本心からそう思った。

女性ADさん
「すみませーん!パート2の編集が間に合わなくてパート2とパート3が生になりますー!本当にすみませーん!」

どうやらマジのようだ。もうVTRがオンエアされる時間が迫っている。気持ちを切り替えて原稿を整理する。僕も念押しで確認する。


「間違いなくパート2とパート3ですね?」

女性ADさん
「間違いないです!」

そうか、間違いないのか(くっそー泣)

いよぉし。やったろうじゃないか。

僕は間違いがないように、使わないパート1の原稿を切り離して、パート2とパート3の原稿だけを持った。覚悟を決めた。

後にして思えば、この時点で放送事故が起こることは、ほぼ決定していた。

僕は平常時よりも鼻の穴を3倍広げて、空気を目一杯吸い込んでから、生放送用ブースのドアを開けた。

パート2とパート3の原稿だけを持って……

オンエアがせまる時。一難増えて、また一難

ブースの中に入ると、既に男性が2人いた。

普段からお世話になっている有名男性ナレーターさんと、面識のない男性ADさんだ。

あちゃ、ナレーションも間に合わなかったのか……

4畳半ほどの空間に、2人がけのデスク。吊るされた2本のコンデンサーマイク、デスク上にはカフ(声をオンオフするレバー)が2つ、ヘッドホンが2つ置いてある。

デスクに向かって左側の席にナレーターさん。ADさんはその後ろに立っていた。

挨拶もそこそこに、僕は右側の席に座った。

男性ナレーターさんはしきりに原稿をチェックしながら小さな声で文章を読み上げている。

僕も心を落ち着かせようと軽く原稿をチェックしていた。

男性ADさんが「準備してください。」というのでヘッドホンをつけた。

ヘッドホンからサブコンのガヤガヤする声が聴こえる。

そのガヤガヤに混じって、女性のTK(タイムキーパー)さんがVTRまでの秒数をカウントダウンする声が聴こえる。

へー、生ってこんな感じなのかー。TKさんの声って初めて聞いた―。なんだか冷たい声だなー。へー。

もはや現実逃避するように緊張を紛らわせていた。

その時、別のADさんがブースのドアを開け、

「すみませーん!パート1も生です―!お願いしまーす!」

と言った。

え。っとは思ったが、その時、僕はまだ事の重大さに気づいていなかった。

それを聞いた男性ナレーターさんが激怒した。

「おおい!さっき録っただろッ!」「すみません編集が……」「いやいやパート1は録ったって!!」「そうなんですけど……」

そんな押し問答がブースの中で繰り広げられているなんて視聴者は知らない。

そうか、パート1も生かー。

……。

……。

……ん?

マジか。原稿、無いけど?

僕は頭の中が真っ白になった。

男性ナレーターさんとADさんはまだ「パート2からじゃないの?!」「いえ、パート1からです……」「だから録ったって!間違いないのぉッ?!」「はい……」なんてやり取りをしている。

TKさん
「CM明け、ナレーションまで10秒前~」

差し迫る生ナレーションに備え、男性ナレーターさんも流石に不毛な押し問答を切り上げ、カフに右手を置く。

TKさん
「3,2,1,ナレーショ~ン。」

颯爽とカフを上げて喋りだすナレーターさん。

それと同時に僕が放送事故を起こすまでのカウントダウンが始まった……

思考の限界。音波は光の速度でお茶の間へ

流石はプロナレーター。

落ち着いて、朗々と、力強く、説得力のある良い声だ。

男性ナレーターさんは極限状態でも、それを視聴者には感じさせない見事なナレーションをしていた。

ただ、僕は見ていた。ナレーターさんの上向きに握った拳が小刻みに震えるのを。

拳は震えていても、読みには影響を出すまいと、体の反応を精神が必死で制しているのを。

そんな僕はというと、パニックの極地であった。

体の反応こそ落ち着いているけれど、精神は異常な状態になっていた。

TKさん
「ボイスオーバーまで10秒前~」

ナレーションの合間にセリフが入る構成だ。

しかし、手元にあるのはパート2の原稿。

もうパート1の原稿を取りに戻る時間は無い。

ADさんはナレーターさんのサポートをしていて、その事実に気づいていない。

自分の番が来る。

TKさん
「3,2,1,ボイスオーバ~。」

キューランプが赤く点灯する。

もう、やるしかない。

僕はカフを目一杯上まで押し上げた。

上げきった。

上げたはいいけど、どうする?

思考は完全に停止していた。

停止した脳で考えた。

その結果、あろうことか、

眼の前にあるパート2の原稿を読んだ。

眼の前にあったから、ただ読んだ。

違うとわかっていた。

違う場面に、違う人間のセリフを合わせようとしていた。

僕の肉体から発生した空気振動は、マイクのダイアフラムを振動させた。

振動はデジタル変換され、電波に乗り、蜘蛛の巣のように日本中に拡散した。

若干のタイムラグの後、全国各地の各家庭、各商店、各施設にあるテレビによってアナログ変換され、そのスピーカーを振動させた。

謎の音声が流れ出し、視聴者の鼓膜を違和感が襲う。

テロップのセリフとは全く違うセリフを誰かが喋っている。

ナレーションの前振りと全く噛み合わない展開。

時間にして5秒もなかったと思う。

でも僕には、いつまでも終わらない罰ゲームをしているように長く感じた。

違うとはわかっていたが「やはり違う」と改めて脳が認識した。

セリフの途中ではあったが、僕はゆっくりとカフを下ろした。

放送では収録済みの音声をミキサーさんが間違って流し、すぐに気づいてフェードアウトしていったように聴こえただろう。

まさか、視聴者は画面の向こう側に、パニック状態の30代の男がいて、生で喋っていたなんて、思いもしないだろう。

生放送でとんでもないミスを起こしていたなんて、夢にも考えないだろう。

ああ、やってしまった。

やっておきながら、気づかないフリをした。

モニターには、しばらく、テロップだけの映像が映っていた……

プロとは何か。結局プロではなかったあの時の自分

その後は、僕の手元にパート1の原稿が届き、危なげなく、職務を全うした。

なーんだ、生放送なんてこんなもんか、思ったより大したことなかったな。はははw

そんな調子で事態をミクロ化しようとしていた。

だが、ブースを出る頃には、番組MCが「一部音声が乱れました。大変失礼いたしました。」と視聴者に向かって謝罪していた。

局内の廊下を歩いて、方々のスタッフさんに「お疲れ様でしたー」と挨拶しても、皆、憔悴していた。

もちろん僕は、本当にスミマセンでしたと平謝りで、あちこちに頭を下げた。

スタッフさんは皆、口を揃えて「いや、今回のことはコガさんのせいじゃなくて、我々スタッフの段取りの悪さが原因です。スミマセンでした。」と言ってきた。

じわじわと、自分がやらかした、事の重大さに気がつく。

スタッフさんは口では謝っている。

けど本心は

『プロなら何とかしてくれると信じていたのに』

と言いた気だった。

ああ、やってしまった。

プロとしての信用を失ってしまった。

帰りの電車内で僕はセンチメンタルになっていた。

困難な時こそ力になってくれるのがプロのはずなのに。

その対価として、ギャラを貰っているはずなのに。

これではプロ失格だ。

次の日、事務所の社長に呼び出された。

説明を求められたので、事の顛末を克明に伝えた。

当然、こっぴどく怒られた。

プロとして失格だ。

またセンチメンタルになった。

あー、プロってなんなのさ。

おわりに

いかがだったでしょうか?

人の失敗談って面白いでしょう?

僕は書いていて、あの時のことを思い出し、時折「うああー!」っと叫びながら執筆していましたw

途中ちょっとカッコつけた文章になりましたが、それだけ、あの瞬間の出来事が重大であるということと、長く感じたということを表現してみました。

この一件で僕が学んだことは『不測の事態に対応してこそプロ』だということ。

でもさ、そんなこと言ったってさ、誰だって初めてのことってさ、あるじゃない?

結局さ、何事も経験しないとわからないんだよね。ね。ね?

もし次回があったのなら、原稿は全部持ってブースに入るしさ。

原稿がなくても、モニターに映ってるテロップをそのまま読むっていう機転も利くと思うしさ。

ほらね?

経験したからこそ、対策が生まれるんだよ。

何事も経験なんだよ。

失敗は成功の元なんだよ。

そう思わなきゃ、やってられないよw

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